2010年10月16日

11日「イギリス児童福祉政策視察研修報告会」

とよたかです。11日の「イギリス児童福祉政策視察研修報告会」、なかなか楽しかったです。

「内輪の報告会」つもりで開催されたそうなのですが、たくさんの方がいらっしゃって、特に障害児者関係、当事者の方も多く、熱い雰囲気。知り合いの方に久しぶりに会えてお話しできたりしました。

どんな報告会だったのか、自分も覚えて振り返っておきたいので、ちょっとここで私なりにご報告しておきますね〜。もれてるところ、たくさんあると思います。いらっしゃってた方がおられれば、よければ、フォローお願いいたしますね。

まずは、「イギリス報告:障害児のアドボカシー・参加・共生」とのテーマで、イギリスのリーズ大学に研究休暇で行かれていた堀正嗣先生のお話。

イングランド北部に位置する1904年創立、その質の高い研究で、世界的にも人気の高いリーズ大学(世界大学ランキング85位)の紹介。

そして、イギリスの四地域それぞれに設置された子どもコミッショナーオフィスの紹介。

子どもアドボカシーサービス提供のための全国基準(イギリス保健省 2002年)の紹介(下記)など、イギリスでの子どもアドボカシーについての説明。
(堀先生は、川西市で子どものための人権オンブズの仕事をされていたので、特に子どものための権利擁護
には興味を抱かれているとのことでした。)

基準1:アドボカシーは子どもの意見と願いによって導かれる。
基準2:アドボカシーは子どもの権利とニーズを擁護する。
基準3:すべてのアドボカシーサービスは平等を促進する明確な方針の下に提供する。そして、年齢、性別、人種、文化、宗教、言語、障害、性指向により子どもが差別されないようにサービスを監視する。
基準4:アドボカシーはよく広報され、アクセスしやすく利用しやすいものである。
基準5:求められたときにはただちにアドボカシーは援助と助言を行う。

子どもコミッショナーの役職についているのは、それぞれ力あるすばらしい方。その役職につく人を選ぶ際には、必ず子どもが参加して、面接をするのだそうです。どんなに偉い人、どんなに大人たちが賞賛する人でも、子ども達が「NO」と言えば、その人は、コミッショナーとして採用されないそうです。
すばらしいことだと、先生も言われていましたが、本当にそうだと思いました。

子どもアドボカシーは、「非指示的アドボカシー」というのだそうで、子どもの指示によって行動します。よく「子どもの最善の権利」ということが言われますが、それは、「大人から見て、これが子どもにとって最善」ということなので、子どもアドボカシーは、「子どもの最善の権利」はとらないのだそうです。あくまでも、子ども主体。子どもの声を聴いて、子どもがしっかりと自分で正しい判断ができるようサポートするような感じだと聞きました。


「ゆりかごから墓場まで」という福祉国家の政策をとっていたイギリスが、「英国病」の弊害を呈して、サッチャー首相の政権で方向転換。しかし、それも「福祉切捨て」で批判されて、労働党が政権をとり、これまで「おうちの仕事」とされていた保育や子育てを国の施策としてはじめて取り上げるようになったのだけれど、また今年5月の政権交代で、その方向が変わりつつある、とのこと。

障害児に関しては、イギリスの障害児教育法についての説明から、インクルーシブ教育ということが言われて、隔離せずに一緒に学べるようになっているといわれているのだけれど、実は、それは主に身体障害などの子に対してであって、重度の身体障害児は排除されないが、自閉症や重度の知的障害で、「行動が問題になる」子ども達は、「他の子らの教育を受ける権利を侵害する」とされて、メインストリーム(主流)の学校には入れず、支援学校に入れられるなど、現実を知ってみれば、できてないところもあるということ。
それなら、「いのちを分けない」という考えの下に、たとえば大阪で共に学ぶことがなされている、日本のほうが進んでいるところもあるのだ、と。

スライドを交えて、ざっとそのようなことをお話されたと思います。

その後、ツアーに参加した人達が、各々担当にふられていた視察先の報告。

最後に、子ども情報研究センター所長の田中文子さんが結びのご挨拶。

「イギリスに行っても、やっぱりよいことばかりではない。どこに行っても、よいこと、答えはないのだけれど、それでも、行ってよかった、と思うのは、向こうで、同じ思いをもって活動している人に出会うこと……」

と、正確に覚えてはいないのですが、そのようなことをお話されたと思います。

深くそのことに共感しました。地球を半分回って外国に行ってみても、きらびやかなモノやでっかい事業じゃあなくって、結局、人との出会い、つながり。それこそが、一番大切だと思うような気がしたんですね。


個人的には、報告会の中で唐突にTさんが話されたこと、「ふみ君と一緒に参加された豊高さんが、いつもすみません、すみません、と謝ってばかりいるのが、辛かった」と言われたことに、ドキリとしました。

「十年以上の生活の中で、身についてしまったんですよね、きっと。すみません、すみません、この子が何かしましたよね、ご迷惑かけます、すみません……て。そんな風に謝ってばかりいなくてもいいはずなのに。

すみません、の代わりに、やってもらってありがとう〜、て。足りないところのある子ですもの、他人様に何かしていただくのが当然よ〜、くらいの気持ちでいいから、明るく感謝でさらっと通っていったらいいんだよ〜。

でも、そんな社会になっていないから、すみません、ばかり言ってないといけないんだよね。すみません、をお母さんが言わなくてもいい社会にしていきたいね。

でもま、とりあえず、今は、すみません、は言わないこと。ありがとう、で言い換えていこうよ〜」

と、いうようなことを言っていただいて、感謝と、それから、やっぱり、私、意気地なしで、周囲に気兼ねして、本当にちゃんと生きているのかなぁ、とも反省させられました。深く感謝〜。

私にとっては、いろんな意味で、有意義な、すばらしい場で、感謝でした。

イギリスに行った時と同じ、蛍光色の黄緑のジャンパー、同色の帽子で参加したふみひろも、みんなに声をかけられて上機嫌。一番前に陣取って、どたーっと頭を横にして寝そべって、ひじょーに失礼な態度ですが、まあ、そこは、ふみだから、ということであたたかく見守っていただいて、それでも時々むくっと顔をあげては、お話を聞いているよう・・・でもありました(と母は思う)。そして、その横には、身体障害の息子さんを地域で大きく豊かに育ててこられた大先輩のお母さんがやさしく見守ってくださって。全く、恵まれてる奴です、ふみは。深く、感謝です。

そして、報告会の後は、難波のホテル内の英国パブに移動して、交流会。飲み放題で、三千円はすごーくおトクと思いました。でも、みんな殆ど飲まないの〜。もったいない〜! 


11日の集まりには、車椅子にのった方もたくさん参加しておられました。

定時制の高校に行っておられるのんちゃんの車椅子とすれ違った時に、のんちゃんが肘までしかない腕を動かして、強く自分の意志を訴えておられる様子を見て、心打たれました。

自分の意志を伝えられるのか、そもそも意志を持っているのか、とか、支援学校小学部の先生方なら、そう言われるようなところであったのかもしれません。小学校中学校そして今高校と、みんなの中で過ごして、自分の意志をはっきり持ち、強固にそれを周囲に伝える、そんな力を持つように成長されたこと。数年前から親の会の冊子やブログを通して、成長を知っているので、すごいなぁ、本当に、親の願ったとおりの力を持つ人に育っていっている、と感動でした。

これからは、多分、周囲の状況や周囲の人の意志や思いと、自分の思いや意志が一致しない時、周囲と自分を調整しながら、折り合って上手に生きていくということが、課題となっていくのでしょうが、それもまた、乗り越えていかれるとすばらしいと思うのです。

また、重度の重複障害を持ちながら、定時制高校に進学・卒業、今は大学受験に挑戦しておられる北村佳奈子さんのお母さんが、「本来なら医療機関で制限された生を一生過ごすであろうはずの娘が、こんな風に
いきいきと地域で生きているということに、病院の先生方も、首をひねって驚いておられる」ということを聞きました。(或いは、報告集の中で読んだのかも)

「はながゆく。」の映画になったはなさんも来ておられたと思いますが、はなさんも、支援学校に行き、家の中で家族と共に過ごすだけとか、病院で過ごしていたら、今のような笑顔やいきいきした表情は、絶対に
生まれなかったと思います。

人とのふれあいや、かけられた愛情によって、人は生き、成長していくものなのだと思わされます。本当に、そんなことを感じたのです。

すごい場だなぁ、と思いました。

ちなみに、報告会で配られた報告集には、ふみひろが筆談で書いた感想文も載せてもらっています。もともとそんな話はなかったのですが、たまたま、中学生で参加した男の子が機関紙『はらっぱ』に書いた
イギリス行きの感想文(これまた、鋭く今の学校のことを書いていて、素直で率直、すてきな文章でした!)が今回の報告集にも載っていたのでそれを先に読んだ参加者が「ふみ君の感想も聞ければいいのにね」と言われたのがきっかけで、「何か感想があれば」と言われて、筆談で数行、A4の用紙に、でっかい字で、旅行の感想を書いたのが、掲載されたのでした。母が手を添えて補助している「筆談」とはいえ、本人の思いが表れた文章です。

「イギリスでは、身体障害の人の声は聞かれていても、うちらの子のような子らのことはとりあげられていないのよね」と佳奈子さんのお母さんが言われていたこと、それは、どうしたら日本でも実現できるのだろう? とずっと考えていたのです。

でも、今、この報告会の報告集の中で、その一部がしっかり実現しているのではないかしら、と。これって、すごいこと!

と、そんな風に思えて、一人、感動していたのです。私だけかな? 遠い未来に、と思いをはせたそんな希望が、まさに今、目の前に、思いもかけない形で立ち現れてきたように思ったのですよ。
posted by とれぶりんか at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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